1918年11月、シューアード半島にあるテラー・ミッション
(現在のブレイビング・ミッション)という名のイヌピアト族の村では、
スペイン風邪が犬ぞりに乗って郵便配達夫とともにやってきた。
まず最初に教会の宣教師が罹患し、その後村の学校教師が肺炎にかかり・・
(以下、白囲み表記は「4000万人を殺したインフルエンザスペイン風邪の正体を追って」
ピートディビス著高橋健次訳 文藝春秋より抜粋)
「湯口君、ブレイビング・ミッション村という村に飛んだら巨大な十字架を探すといい。
そこには1918年に大流行したスペイン風邪と
そのインフルエンザウイルスにまつわるエピソードが沢山詰まっているはずだから」
アラスカ大学教授のドクター吉川氏が、
ベーリング海辺境の村でそんなことをポロッと話した。
吉川氏は、永久凍土研究に関する国際的な権威であるゆえに
実に様々なエピソードを知っている。
まるで村の長老に話を聞くように頷く私。
「スペイン風邪?巨大な十字架?エピソード?」
そしてブレイビング・ミッションという実にHolyな村の名前も気になる。
すでに前の村、Elim(エリム)で十分な栄養(鮭)と睡眠を得た我々は、シューワード半島を東に飛行してブレイビング・ミッション村へ向かっていた。半島内陸部は、全般的に安定度の高い層雲で覆われており、これが雲下地形を見にくくしてナビゲーションが本当にやりにくい状況。シューワード半島の中央平野部を飛行中、雲の隙間から南に眼をやるとノームから北へ通じる道路がこちらに伸びてきている。ここはかつてゴールドラッシュで栄えた風景であるはず・・・・。しかしその風景の断片も見いだせないまま、ハスキーと私達は雲層間を西へゆっくりと飛行していた。後席をちらっと覗いてみると、相棒のKajiは爆睡中で話し相手にもならない。おもむろに進行方向の地図を見ると、ベーリング海の片隅に申し訳なさそうな形でPort Clarence湾が位置している。ブレイビング・ミッションは、その北にあるラグーンの付け根にある村。願わくば、着陸時にベーリング海の悪天にぶち当たらぬといいのだが・・・と思っていると、Port Clarence湾が見えてきた。それと同時に強烈なウインドシアーに遭遇する。後席で爆睡中の相棒kajiが、あわてて起きる。ハスキーは上下にプラスマイナスGを伴いながら、突発的に高度を変化させる、、いや変化というよりは、素人のKajiには瞬間移動といったほうがよいだろう。移動について行けない体と空間把握能力が、何が起こっているのか分からないといった様子。私は「飛行機が壊れないといいねぇー」なんて冗談を言いながら、着陸時に関するこの風の挙動を想像して、少しイヤな気分になった。現在高度1000ft。この気流の乱れが着陸時の低高度まで続くとブレイビング・ミッション着陸は、諦めなければいけない。着陸進入決心高度は400ftだ。ここまでにこの乱流がやまなければこの村は断念・・・だな。
そうこう考えているうちに、ブレイビング・ミッションの滑走路が翼下に見えてくる。場周経路を作りながら、この滑走路の形は何かに似ている・・・・そうだドクター吉川氏が言っていた巨大な十字架ではないか!でもまさか、、ね。